十三夜の月、過ぎし日々を照らす

思いついたときに自分が好きなものについて書いています

となりのトトロを見て思うこと

毎回「となりのトトロ」を見るたびに思い出すことがある

 

15年ほど前に単身赴任になった

我が家にも2人の娘がいて、当時長女は小学5年生、次女は1年生だった

土曜日は妻は仕事で、長女は習い事などで午前中は次女がひとりで留守番をすることになった

 

長女はしっかり者で次女は泣き虫というアニメと似たような設定

ある時、単身赴任先から「となりのトトロ」のDVDを買って、土曜日の午前中はそのDVDを見るように次女に言い聞かせた

 

それから1か月後に私は病に倒れ、2週間意識不明で危うく命を落とすところだった

退院するまで半年を要した

 

現在、長女は大学を卒業後就職して一人暮らし、次女は大阪の大学に進学した

今は妹の方がしっかり者で、姉の方が情報に疎いのんびりした性格になっている

 

サツキとメイを見るたびにうちの姉妹を重ねてみてしまう

(画像は単身赴任中に作成して娘にプレゼントしたジグソーパズル)

しゃぶしゃぶ・焼肉 正岡 国道店

1996年春に大学を卒業。就職して最初の赴任地が四国の丸亀市だった

昼ご飯は先輩に毎日うどんに連れていかれた

当時はうどんブーム前の時代で、今思えばいろんな有名店に連れて行ってもらったのだが、当時は毎日うどんばかりでウンザリしていた

しゃぶしゃぶ・焼肉 正岡 国道店

そんな中でこの

しゃぶしゃぶ・焼肉 正岡 国道店

牛タン塩焼き定食

がお気に入りだった

 

Googleストリートビューを見る限り今も営業されているようだ

当時はショートヘアの元気のいいお姉さんがいたのは覚えている

 

たまに四国に行くことがあっても、今は逆にうどんを食べに行ってしまう

次回は正岡に寄ってみようと思う

 

2週間意識不明になったときのこと

何週間か前にプロ野球の審判員の頭に打者の振ったバットが直撃し、今も意識が戻っていないというニュースを見た。

自分も厄年のときに急性散在性脳脊髄炎という病気にかかり、意識不明になった経験があるのでその時の話。

 

急に熱が出て、インフルエンザかと思って病院に行ったら、すぐに入院、翌日には大きい病院に転院、だんだんと意識障害が出て、言動がおかしくなり、気が付いた時には2週間が経っていた。

入院していた病院



昏睡状態になったときに家族が集められたらしいがまったく覚えていない。

意識不明になって10日が経った頃、母親と主治医が話をしているのが聞こえた。

もう車の運転もできないかもしれないみたいなことを言っていて、

これは困ったことになったなあと思ったのは覚えている。

 

昏睡状態の間はいろんな夢を見ている

車を運転していてトレーラーにぶつかった・・・これが原因で病院にいるのかと思っていた

ゴミ置き場で拾ったキタキツネの剥製をオークションに出品したらシンガポールに送ることになって難儀した・・・ワシントン条約大丈夫なのか調べないといけないと現実的な判断をしている

大阪に病院に入院している・・・意識が戻りかけたころ先生が「ここはどこ?」と聞いたら「大阪」と答えていた

倉敷の病院に入院していて駐車場で車を擦った

あまり水の流れていない川が見える。その向こうに病院が見える・・・三途の川?だったのか

 

そんな中で時々周りの声が聞こえることがあった

昏睡状態だからと言ってずっと聞こえていないわけではない

聞こえている瞬間もある

 

ということで、もし昏睡状態になっても周りの人は声をかけてあげてほしい

個人的には、その人に縁のある匂いが効果があるのではと思っている

 

プロ野球の審判員さんが早く意識を取り戻されるよう願っています

 

 

『百年の孤独』 EPO

 

この曲は1992年ごろ放送されていたワンダーゾーンというスピリチュアルな事柄を扱っていた番組のエンディングに使われていた。

その番組は関口宏が司会で毎週月曜日の夜に放送されていて、超古代文明や未来予知、陰陽師、超能力、超常現象みたいなものを真面目に取り扱っていた。

中でも印象に残っているのは、突然神託みたいなものを受けて、全く不明な言語を記録する日本人がいたことだ。自分でも分からないらしい。今思えばやらせだったのかもしれないが私的には楽しめた番組だった。

当時大学生だったが、私がよく自習で愛用していた空教室でこの番組の収録をしていたことがあった。うちの大学の心理学の教授が取材を受けていた。

 

生まれた時に記憶が消されてしまうのは本当なのか。

一説によると7歳か8歳くらいまでは母親のお腹の中にいたことを覚えている子もいるらしい。

「暗かった」とか「お父さんとお母さんが話をしているのが聞こえた」とか話す子がいるそうだ。

うちの娘たちにも聞いてみたがまったく覚えていなかった。

自分の記憶の一番古いものはいつなんだろうか。

新しい家を建てたのが4歳のときで、古い家を覚えているので、3歳のときの記憶はしっかりある。

2歳の記憶は夢なのか現実なのかはっきりしない。

 

これまで死について考えることは無かったが、41歳の時に大病をして死にかけたことがあった。

意識不明で10日くらい過ごしたとき、確かに川が流れていた。そのほかにもたくさん夢を見た。

もしあのとき死んでたらどうなっていたのかと考えたときに「これからは楽しく生きよう」と思うようになり、週末は車で出かけることが多くなった。お金を稼ぐことも重要だが、それ以上に健康であることが重要なのだと思い知った。


www.youtube.com

 

生まれた時に消されてしまう 記憶はどこの海に 沈んでいるの

Nobody knows it my mysteries

遺跡を見ると胸が騒ぐ 私はどこに 戻ろうとしているの

Nobody knows it my histories

目覚めたたましいの 静かなひとりごと

wow wow いつの日か年をとって

みんなにさよなら 言う時が来て

ほんとうの ありがとうを 言える気持ちは どんなだろう?

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh

 

灰になるとき 風に乗って いろんな国の 空を飛んでいたの

Nobody knows it my mysteries Uh…

かわいたたましいの Hu… 静かなひとりごと

wow wow いつの日か年をとって

時の走馬燈 見る時が来て

ほんとうの ごめんなさいを 言える気持ちは どんなだろう?

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh…

 

目覚めたたましいの Hu… 静かなひとりごと

wow wow いつの日か年をとって

みんなにさようなら 言う時が来て

ほんとうの ありがとうを 言える気持ちは どんなだろう?

(wow wow) いつの日か年をとって

時の走馬燈 見る時が来て Uh…

ほんとうの ごめんなさいを 言える気持ちは どんなだろう?

(wow wow) いつの日か年をとって Uh…

みんなにさようなら 言う時が来て

ほんとうの ありがとうを 言える気持ちは どんなだろう?

Nobody knows it Uh… (Nobody knows it)

(LaLaLaLaLa LaLaLaLaLa…)

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh…

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh…

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh…

Nobody knows it (Nobody knows it) Uh…

Nobody knows it (Nobody knows it)

 

1992年5月20日 発売

『誕生日』 熊木杏里

2014年に単身赴任していた時に突然大病を患い半年間入院生活を送っていた。

気管切開、24時間点滴、しゃべれない、食べられない、立ち上がることも歩くこともできない、ずっとベッドの上での生活。

退院の見込みも立たず、絶望的な気分でいたときに夕方になるとこの曲がテレビから聞こえてきた。

夕方のニュースで赤ちゃんを紹介するコーナーだった。

 

自分の娘たちが生まれたときのことを思い出す。

吹雪の日に生まれた長女と初夏の夕方に生まれた次女。

それぞれ百人一首から字を取って名前を付けた

君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ

ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる

 

一時は死を覚悟したときもあったが、赤ちゃんの映像を見るたびに生きる希望を与えてもらえるような気がして、毎日この曲を聴いていた。

 

あれから10年。長女は大学を卒業し就職、次女は今年から大学生。

みんな健康でいられることはありがたいことだ。

 


www.youtube.com

 

誕生日のことは覚えていますか?

ろうそくのにおい 胸にためた

あなたのことをお祝いしましょう

あなたである今日と明日のために

生きてきたようで 生かされてる

そんな私であって あなたである

おめでとう 今日まで辿りついたんだよ

つらいことの方がよくあるけれど

ありがとう 理由は何もないんだよ

あなたという人がいることでいいんだよ

 

もらったものを覚えていますか?

形ないものもありました

特別ではないものが特別になって

あなたを幸せにしたこともあったでしょう

何もできない なんてことは

私にもないし あなたにもない

おめでとう 奇跡があなたなんだよ

暗闇に灯ってる火のように

ありがとう 手のひら合わせられるのは

あなたがこうしてここにいるからなんだよ

 

おめでとう 今日まで辿りついたんだよ

思い出がまたひとつ増えました

ありがとう 理由は何もないんだよ

あなたという人がいることでいいんだよ

 

2008年10月22日 発売

『彼女になりたかった日』 西脇唯

『彼女になりたかった日』 西脇唯

 

大人になった女性が昔(おそらく小学校くらいのころか)を思い出して、そのころ好きだった男の子が今の彼氏になっているという曲。

 

この曲を最初に聴いたとき、私は大学生だったのだが、毎回思い出すことがある。
小学5年生のとき、私のことを好きな子(Kちゃん)がいた。
その子は目立たない子で、私もそんなに意識していたわけでもなく、そもそも女の子に大して興味もない時代であった。
田舎の1学年1クラスの小学校でそういう浮いた話になると周囲が茶化してくるので、好きと言われても正直迷惑な年ごろであった。
バレンタインの時に初めてチョコをくれたのもKちゃんだった。

 

あるときKちゃんとは別の女の子から
「どんな髪型の女の子が好き?」
と聞かれて
「短い髪の子」
とテキトーに答えた。

そしたら次の日、Kちゃんが肩くらいまであった髪をバッサリとカットしてショートヘアになっていた。
あのときの衝撃はいまだに忘れられない。

Kちゃんは半年くらいして冷めてしまったのだろう何も無くなった。

 

中学校になって1学年4クラスになったのだが、どういうわけかKちゃんとは3年間同じクラスだった。
3年生のときだったか、放課後に私が指を切ったときにKちゃんが絆創膏をくれたりしたことがあり、なんとなくKちゃんのことが気になっている自分がいた。

小学校の時、Kちゃんは告白してくれたが、私は何も行動を起こせなかった。
別々の高校に進学してしまい、その後は会うことも無かった。


この曲を聴くたびに当時のことを思い出すのと同時にどうして中学生の時に好きになってくれなかったのかとすれ違いの恋を思うのである。


www.youtube.com

小さな頃からなまいきだとか 冷たいとか言われて 
そんな風にしか自分のことを 思えなくなっていた 
靴ずれができたあの子にそっと 差し出したバンドエイド 
あなたが初めて言ってくれた "やさしいとこあるじゃん" 

アカンベーをして まとわりつく あの子がまぶしかった 
腕をくむ二人 見えないように いつも前を歩いた 
あの子にはなれないけれど "彼女"にはなれる気がした 
欲しい恋はつらぬかなきゃ ふりかえらない 
少年は大人になって 私のすぐとなりにいる 
長い長い片思いは やっと扉をあけたの 

 

胸元のめだつ洋服なんて わざと着ないようにした 
仲間で出かけるときは いつでもしわしわシャツを着てた
呼捨ての名前 車の話 まるで男の子みたい 
頭のうしろに目がついてる そんなカンジの毎日

そのくせちゃんと カバンの中"さいほう道具"を入れて
なさけないほど あなたを無視して 誰かとふざけあっていた
あの子にはなれないけれど "彼女"にはなれる気がした 
欲しい恋は思い込みも たいせつな武器 
信じることをやめたとき 魔法はすぐに消えるから 
恋の歴史のエピローグ 私だけだと念じる 

 

遊園地 行くと 思い出す みんながあなたやあの子に見えてくるから
あの子にはなれないけれど "彼女"にはなれる気がした 
欲しい恋はつらぬかなきゃ ふりかえらない 
少年は大人になって 私のすぐとなりにいる 
長い長い片思いは やっと扉をあけたの 
Lalalala Lalalala Lalalala

 

1994年5月25日 発売
https://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35782

川口浩探検隊シリーズ

番組タイトル

昭和50年代、私が小学校のころ水曜スペシャル「川口浩探検隊シリーズ」として年に数回放送されていて、毎回楽しみにしていた。

俳優の川口浩が隊長となって、ボルネオのジャングル、アマゾンの奥地などに猿人、双頭の蛇、首狩り族、巨人、怪鳥などを探して世界各地を探検する番組である。

『特別狙撃隊S.W.A.T.』のテーマ曲が流れ、ジープやいかだに乗って、秘境の奥地を目指す映像から番組は始まる。

 

いくつか番組のサブタイトルをWikipediaから引用すると

姥捨て!八丈島日本最長の溶岩大洞窟に人捨て穴は実在した!!

巨大怪蛇ナーク!!タイ秘境底なし沼に恐怖の魔人は実在した!!

恐怖の首狩り族!ルソン島未踏の奥地にウロン族は実在した!!

恐怖!双頭の巨大怪蛇ゴーグ!南部タイ秘境に蛇島カウングの魔人は実在した!!

謎の原始猿人バーゴンは実在した!パラワン島奥地絶壁洞穴に黒い野人を追え!

謎の地底大噴火!中国竜口洞に怪現象“仙人水”は実在した!!

恐怖!ブラジル魔境に人食いピラニア大軍団を追え!逆襲死闘

衝撃!魔境ボルネオ島奥地に幻の巨大獣人を追え!!

恐怖の巨大怪鳥ギャロン!ギアナ奥地落差1000メートルの大滝ツボ洞穴に原始怪獣を追え!!

 

と、このように!!がやたらと多く、大げさなタイトルで新聞といえばテレビ欄しか見ない子供たちは引きつけられるのだ。

 

ボートの上に蛇が落ちてきたり、隊長がピラニアに嚙まれたり、ガイドが斜面から滑落したり、底なし沼にはまったりと当時は小学生だったので毎回ハラハラしながら見ていた。

これらは演出なのであるが。

今だったらヤラセということで糾弾されてしまうが、あの頃は楽しませてもらった。

 

番組のラストでは、映画『ロッキー』のGoing The Distanceが流れ、田中信夫の仰々しいナレーションで幕を閉じる。

 

中学生になっても夏休みに再放送したりして、友達と笑いながら見ていた。

その友達の家は、山の西側にあり、幻の巨大獣人は山の西側で目撃情報があったということで、友達が弟に「うちも山の西側なので危ない」と言ったところ、弟は夜眠れなくなったらしい。

 

川口隊長は1987年にガンで51歳で亡くなり、番組も終わってしまった。

疑うことをしらない子供たちにはもっと見せたい番組だった。